ルカーチ

ルカーチ―物象化 (現代思想の冒険者たち)

ルカーチ―物象化 (現代思想の冒険者たち)

現代思想冒険者シリーズ06ルカーチby初見基をようやく読みおえた。とにもかくにも、このシリーズでハイデガー以来のだめ本でがっくり、というか途中で読む気をなくして、無理やり読みおえた。このシリーズだいたい50〜100ページ最初に伝記があって、そのあとに思想について語られるというスタイルをとっているけど、このルカーチの本、320ページ中、280ページぐらいが伝記で、思想についてほとんど述べられていなかった。このシリーズのいいところは最初に伝記があるので、どういう人となりで、どういう過程で、その人の思想にいたったのかという、思想の動機とかを知ることができることなんだけど、その伝記部分が長すぎると本来知りたかった思想部分を十分に知ることができなくてがっくり、というか、本末転倒だ。ハイデガーも300ページのうち200ページぐらいが伝記に使われていてがっくりだったけど、今回はそれを越えていて驚愕。さてさて、でも、最後の20ページほどとおまけでついているコメントでいろいろと考えるところはあったかも。つまるところ、ルカーチはかなりの左翼マルクス主義っていうことなんだろうか。思想に関する解説がほとんどなかったのでもうほぼ想像だけど、マルクスがいうところの資本主義の物象化、というのは、つまるところ、人間の労働が個人的な質を離れて計算可能な商品という物の価値で測られる、人間疎外のことを指しているとして、ルカーチはそれの物象化を人間の意識のレベルにもってきた、というところに価値があるのだろう。それはどういうことかというと、これまた想像だけど、人間が労働者(プロレタリアート)として働くという意識のレベルが物象化されていて、働くことが美徳であり、働くという意識が物象化されていて、そのレベルで価値が測られる、ということなんだろう。これが極左に読めるのは、一般のプロレタリアートはそれに自ら気づくことがないので、外的力でこれを破壊せねばならない、という考えがルカーチにあったらしい、ということからだ。考えてみると本当日本人は、といっても最近はそうでもないようだけど、働くということの物象化に侵されているなぁ、ということが再認識される。でも、北朝鮮の人間が金政権への依存が物象化していて、これを間違っているので外的力で修正せねば、と思う日本人やアメリカ人は極左なんだろうなぁ、と思ってしまう。日本人も、アメリカ人もまた働くということの物象化に憑かれているにもかかわらず。うーむ。